「中学生の満州敗戦日記」(今井和也)

三二万人の慟哭が、いまも聞こえる

「中学生の満州敗戦日記」(今井和也)
 岩波ジュニア新書

戦争が民間人にもたらした悲劇は
数々あります。
東京大空襲をはじめとする各地の空爆、
民間人9万4千人の死者を出した沖縄戦、
広島と長崎への原爆投下、等々。
それらとともに忘れてはいけないのが、
満州をはじめとする
「大陸に残された人々の悲劇」なのでは
ないでしょうか。

戦前から始まり
終戦直前まで続けられた満州への入植。
戦況が悪化する中、迫り来るソ連軍。
しかし国が敗戦を受け入れる前に、
守ってくれるはずの軍隊は
いち早く遁走。
その混乱の中で、
必死に生き抜こうとしたようすが
ひしひしと伝わってきます。

ソ連軍や中国軍兵士から命を守りつつ、
食料を得るため様々な方法で金を稼ぐ。
衛生状態最悪の中で命をつなぎながら、
引き揚げ船まで辿り着く。
このような悲惨な経験を、
日本人はしてきたのか。
暗澹たる気持ちにさせられます。

本書はこのように、中学生のときに
引き上げを経験した著者が、
その記憶を丁寧にまとめたものです。
しかしそれだけで終わってはいません。
著者は詳細な資料を丹念に調べ上げ、
当時の国家権力の政策の愚かさに
言及しているのです。

筆者は、ソ連侵攻以前に軍の関係者が
一般人に悟られないように
撤退を完了していたこと、
さらにはソ連軍の追撃を防ぐために
主要な架橋を次々に爆破したこと
(それが一般人の避難行動を
困難にすることを承知で)などを提示し、
日本の軍隊が国民を
守ろうとはしていなかった実態を
浮き彫りにしています。
「そもそも戦争とは
 国民の生命と引きかえに
 「国益」を獲得しようとする
 国家事業なのだから、
 戦争を始めた国に生命の保障を
 求めるのは無理な話かもしれない。

筆者はさらに、そうした「棄民」の命令が
「大本営」からのものであることを
提示し、
「その責任は敗戦後も
 問われることなく、
 多くの参謀たちが戦後の日本社会で
 要職についている」
と、
その無責任体質を鋭く指摘しています。

現代に生きる私たちの中に、
戦争の実態や全貌を
正しく把握している人間が
どれだけいるのでしょうか。
戦後生まれが
国民の83%を越えてしまった今、
こうした多岐にわたる戦争の悲劇を、
一つ一つ紐解きながら
後世に伝えようとする取り組みが
必要なのでしょう。
本書の一文が心に突き刺さります。
「国策という名の
 無策によって動員され、
 最後はごみのように捨て去られた
 満州開拓団員三二万人の慟哭が、
 いまも聞こえる。」

(2020.7.6)

Gerd AltmannによるPixabayからの画像

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